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令和6年6月29日(土)・30日(日)
開山歴住報恩忌 当山19世暁山光雄和尚結制厳修。
 
県内外から御縁のある御寺院様にご随喜賜り心配していた雨も、晴天に恵まれ無事円成できました。皆様に感謝申し上げます。

開山歴住報恩忌

令和6年6月29日(土)
一、開山歴住報恩忌

 御開山 角外麟怒大和尚の報恩供養、先代住職十八世 廓然源喜高和尚の五十回忌法要。
 導師は、御本尊 輪王寺大方丈がおつとめになられます。
 

 ※本寺・末寺について
 お寺は本来どのお寺も親寺を持ち、親寺を本寺と言い。寛永元年、輪王寺様(仙台市北山)の第十三世 角外麟怒大和尚が、当寺を曹洞宗寺院としてお開きになりましたので、輪王寺様は、当寺の「本寺」様となります。また、子供に当たるお寺を末寺といいますので、輪王寺様から見れば、当寺は、「末寺」となるのです。

 

一、首座入寺式

結制修行中、修行僧の第一座「首座」という役目がおかれ、期間中修行僧達の先頭に立って励みます。曹洞宗では、僧侶になるために必ず一度はこの職をつとめる定めがあります。入寺式は皆に首座役を知らしめるための儀式です。

一、配役本則行茶(首座本則茶)

寺院では、<本則配役行茶>といいます。

晋山または結制をつとめるにあたっては、多くの方がたの援助、お手伝いなしには、大法要の無事円成はありえません。そのために、種々の役割があります。この役割を発表して、お手伝いをお願いします。
 
さらに翌日の<首座法座>を行うにあたっての講義がなされます。このとき、中心となる課題(本則)が発表されます。これが終わると、全員でお茶をいただきます。これが、「行茶」です。中国ではじまったもので、日本に伝えられ、禅宗に残された古式のもので、茶道などの作法に多大な影響を与えたとわれます。

一、薬石(夕食)

仏教教団では食事は正午までに限りそれ以降はしないのが原則でしたが、中国、日本に仏教が伝わると、空腹をしのぐ「良薬」として、夕食を摂るようになりました。これを「薬石」と呼んでいます。
※曹洞宗SOTOZEN-NETより引用〜

 當山十九世暁山光雄和尚 結制 

令和6年6月30日(日)
一、結制

 お釈迦さまが定められた制度や制約にしたがい、修行僧が結集(大勢が一か所集まること)することです。
 結制とは、結集の<結>と制度の<制>とを熟語にしてできたものです。また、結制とは、ほかに「安居」ともいいます。
 インドでは、四月から七月にかけて雨季となり、毎日雨が降りつづきます。お釈迦さまがこの時期、精舎(お寺)にこもり、修行したのが、結制のはじまりです。
 やがて中国に伝わり、夏と冬の二回、約九十日にわたって行われるようになりました。日本では現在、禅宗が伝え行っています。

一、結制上堂

儀式は、その後「問訊」(問答をお願いするお拝)が行われ、問答開始を告げる「白槌」によって問答がはじまります。白槌師は、仙台市 北山 輪王寺住職 日置道隆老師。むかしお釈迦様が説法された時、文殊様がおそばにあって仏法の真髄をよく聞けと、大衆を促した故事に従い、白槌師が問答開始を宣言し、そして修了にあたり、住職の説法が大和尚として仏道にかなうものであることを示すものです。
 問答のあと、住職は古式にしたがって教えを示し、自省し、お礼の心をあらわします。そして古人がふみおこなった跡を偲び、問答の結びとして儀式は終わります。

一、首座法戦式

 寺院では、<首座法戦式>といいます。首座が住職に代わり、禅の修行やさとりについての問答を交わす儀式です。これは、お釈迦さまが霊鷲山で、弟子の魔訶迦葉に半座を分けて(席をゆずり)戦法させた故事にならったものです。
 説法には、講義・説教や質問形式の問答があります。法戦式は、問答を交わすことから法の戦い、すなわち法戦式といわれるのです。
 
 以下は、首座の部分を中心に儀式をみたものです。

一、式典・記念撮影

 
 
 
 
 

 

一、檀信徒総供養

 檀信徒皆様の先亡累代の御霊にたいしての合同供養です。
 永い年月にわたって、皆様のお家と菩提寺であります耕田寺をお守り頂いて来られた ご先祖様方に、報恩と感謝の「まこと」を捧げる法要となります。

 
 
 

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