令和8年8月11日(山の日)、盂蘭盆会法要を厳修しました。
法要後は、東北管区教化センター統監・三部義道老師(山形県松林寺御住職)をお迎えし、「命の使い方」と題してご法話をいただきました。
お盆前の大変ご多忙な折、当寺住職とは同じ僧堂で修行した「同安居」という仏縁から実現した、ありがたいご法話でした。
「命には所有権はないけれど、使用権はある」
一日を一万円にたとえるなら、今日いただいた一万円は今日しか使えない。
だからこそ、「今日一日をどう生きるか」が大切なのだと。
朝、顔を洗い、お仏壇に手を合わせる。家族に声をかける。そんな何気ない毎日の営みも、心を込めれば仏道の修行になります。
法話後のアンケートには、
「これからは、おばあちゃんだけでなく家族みんなでお仏壇に手を合わせたい」
「自分のことばかり思い悩んで過ごすのではなく、もう少し周りのことにも目を向けてみたい」
という声も寄せられました。
昨日はもう過ぎ、明日はまだ来ていません。
私たちが生きられるのは「今、ここ」。
ご先祖様をお迎えするお盆に、今日という一日、いただいた命を何に使うのかを改めて考える、心に残るご法話となりました。
法要後は、東北管区教化センター統監・三部義道老師(山形県松林寺御住職)をお迎えし、「命の使い方」と題してご法話をいただきました。
お盆前の大変ご多忙な折、当寺住職とは同じ僧堂で修行した「同安居」という仏縁から実現した、ありがたいご法話でした。
「命には所有権はないけれど、使用権はある」
一日を一万円にたとえるなら、今日いただいた一万円は今日しか使えない。
だからこそ、「今日一日をどう生きるか」が大切なのだと。
朝、顔を洗い、お仏壇に手を合わせる。家族に声をかける。そんな何気ない毎日の営みも、心を込めれば仏道の修行になります。
法話後のアンケートには、
「これからは、おばあちゃんだけでなく家族みんなでお仏壇に手を合わせたい」
「自分のことばかり思い悩んで過ごすのではなく、もう少し周りのことにも目を向けてみたい」
という声も寄せられました。
昨日はもう過ぎ、明日はまだ来ていません。
私たちが生きられるのは「今、ここ」。
ご先祖様をお迎えするお盆に、今日という一日、いただいた命を何に使うのかを改めて考える、心に残るご法話となりました。